助産師のシオリーヌが「性教育ミュージックビデオ」を作る理由。AVだけじゃない「性」のエンタメの未来形

映画、ドラマ、マンガ、AV……。“性”のジェンダーロールにまつわるエンタメの功罪と可能性
シオリーヌさん
シオリーヌさん
Eriko Kaji

「デリカシーない/いつもお節介/ちょっと太った?」「誰も聞いていない/抱ける?抱けない?/頼んでなくない?」

2月28日、性教育のために作られたラップ「CHOICE」がYouTubeに公開された。

青い髪に強い赤リップでクールにパフォーマンスするのは、性教育YouTuberで助産師のシオリーヌさんだ。初挑戦した性教育ラップ「SxX EDUCATION」も話題を呼んだ。

「AVなどのポルノだけでなく、映画、ドラマ、マンガといった多くのコンテンツが、間違ったジェンダーロールをすり込んできた」と指摘するシオリーヌさん。前編に続いて、エンターテインメントで性教育を伝えることの可能性について聞いた。

性教育YouTuberが向き合う若者の性

Eriko Kaji

――性教育YouTuberを始めてから約2年、若い世代の性の実情をどう見ていますか?

性や人権に関するリテラシーが低いままなのに、インターネットやスマートフォン、SNSが普及し、以前より子どもたちが目にする性的な情報は増えている。自分自身の健康や安全を守りながら生きるのが難しいだろうなと感じます。トラブルがあれば「自己責任」で済まされる風潮もあり、厳しい時代です。

最近はAV俳優さんがテレビやYouTubeでタレントのように活動していることもあり、親近感から性的なコンテンツに触れるハードルはより下がっているようです。

ただ、日本のAVには多くの問題が指摘されています。例えば、痴漢や未成年とのセックスといった性犯罪が一種のジャンルとして扱われていること。

ポルノで扱う内容には寛容なのに、その善悪を見分けるために必要な情報は提供されていない。これは大きな矛盾だと思います。エンタメから得た情報を自力で取捨選択し、正しく自分の生活と結びつけるのは、大人でも難しいのですから。

Eriko Kaji

――AVを観て「セックスが怖くなった」人もいると聞いたことがあります。

Webでは過激で派手なコンテンツに触れ、学校では性感染症や中絶などリスクについてのみ伝えられる。そんな限られた知識では、「子どもがほしくなったら、あれをしないといけないのか……」という発想になる子は男女問わずいます。

男性の中には、アダルトコンテンツを見て、「苦しくて痛そうで、自分のパートナーにこんなこと絶対したくない。けがらわしい」と、性的な行為を一切したくなくなる人もいるそうです。

でも、セックスはネガティブなものだけではないはずです。同意のもとでお互いを思い合ってすれば、心身がリラックスしたり、お互いへの信頼が高まったりする効果もある。

産婦人科で助産師として働いていた時代に、夫婦が子どもを授かって家族としての絆を深めていく姿もたくさん見ています。だからこそ、セックスのポジティブな面もきちんと伝えるべきだと強く思っています。

「いい雰囲気でセックスに持ち込む」のは誰の役割?

Eriko Kaji

――若い世代は性に関してどんな悩みを抱えていると感じますか?

男女問わず、10代でもジェンダーロールによる悩みは根深いですね。女の子が「セックスを断れない」「コンドームをつけてと言えない」などと言うだけではありません。男の子も、男らしさのプレッシャーに苦しめられています。

例えば、彼らはよく私に「彼女とセックスをしたいと思っているんだけど、どう誘えばいいですか」と質問してきます。

映画やドラマ、アダルトコンテンツなどから、どちらかが「あなたとセックスしたいんだけど、どうかな」と相談している様子なんて見たことがないからです。男の子たちは、エンタメから「セックスは男性がスマートに誘って始まるもの」だと学んでしまっている。

Eriko Kaji

――女性も少女漫画やドラマから「スマートに誘う人が格好いい」「女の子は受け身なのがいい」とすり込まれている部分もありますね。

そもそも相手を大切に思うならば、体に触れるときにその人の意思を確認するのは、当たり前のことですよね。

セックスをする前に、どんなリスクがあるのか、安全にするためにはどんな方法があるのか、コンドームやピルなどで避妊をするならば費用は誰が負担するのか、といった話し合いをするのは、とても大切なコミュニケーション。

男女ともに、こうした思い込みを一つひとつはずしていきたいですよね。

――女性だけでなく男性もジェンダーロールに苦しめられていることは、なかなか認知されにくいですね。

男性の生きづらさを扱った動画には、視聴者の男の子たちから「自分も何かと競争し合ったり、女の子を物として扱ったりする “男子ノリ”がしんどい」というコメントが数多く寄せられました。

「強くあるべき」とされる男性は、こうした自分の苦しみを打ち明けられないようです。自分の感情を言葉で表現するのが苦手な傾向もあるかもしれません。

女性の生きづらさも、男性の生きづらさも、原因は今の社会構造にある。男女を二項対立で考えるのではなく、未来の子どもたちのためにも、男女がともに手を取り合って生きやすい社会を作って行けたらいいですよね。

性教育ミュージックビデオを制作した理由

Eriko Kaji

――20202月にミュージックビデオ「SxX EDUCATION」が公開されたときは、若い世代に性教育を届けたいという気概を感じました。そもそもなぜMVという形に挑戦したのですか?

私のYouTubeを観てくれているのは、性に関する話題に日頃からアンテナを張っている人。性教育を広めるためには、もっと関心のない人にまで届ける必要があります。

そこでひらめいたのが「助産師がバリバリのメイクでラップするかっこいいMV」でした。

もともと私は、ミュージカルや歌、お笑いなどのエンタメが大好き。学生時代には自分でもバンドのボーカルやお笑い芸人の活動をしてきました。

エンタメのパワーって、すごいんですよね。歌やダンス、衣装や舞台など視覚的な楽しさを伴うと、人生や社会の大切なトピックスが関心のなかった人にも自然と届く。だから、その力を信じてやってみるか、って。

Eriko Kaji

――楽曲から振り付け、映像まで、すべてオリジナルで制作したそうですね。

はい。3カ月強というタイトなスケジュールにも関わらず、たくさんの友達に支えてもらって完成しました。

一緒に楽曲を作ってくれた芸人のパーマ大佐は、高校時代にお笑い芸人をしていたときの友達。振り付けは、福祉の資格を生かしながらヨガインストラクターをしている大学の後輩。映像は映像クリエイターの友達に頼みました。

結果的に、告知のツイートは1日で3万以上の「いいね!」がついて、初めてTwitterでバズりを経験。目標にしていた2月中に登録者数10万人も達成できました。

Eriko Kaji

――シオリーヌさんはNetflixの「セックス・エデュケーション」も好きだとか。

あのドラマは、まさにエンタメの力を使って性の知識を伝える好例ですよね! インスパイアもされています。

普通に面白いドラマの中に、高校生カップルが避妊に失敗してアフターピルを買いに行くシーンや、クラスメイトの女の子が中絶する病院に付き添うシーン、性行為を中断するシーンまであるんです。最高!

AbemaTVでも、『17.3 about a sex』という性教育に関する良質なドラマコンテンツがありました。日本でも、AVだけでなく、もっと若者の性のお手本になるエンタメ作品が増えたらいいなと思います。

日本の大人は子どもたちを信用しなさすぎる

Eriko Kaji

――シオリーヌさんが若い世代に性について伝えるとき、何に気をつけていますか?

その子の代わりに、決めないこと。

リスクが予想できるとき、心配のあまり子どもの代わりに意思決定をしてしまう大人は多い。学校の講演をするときも、打ち合わせで「学生のうちはセックスすべきじゃないという方向にしてください」と言われることがあるんです。

でも、彼らの体について私たち大人が決める権利はない。

できるのは、納得のいく意思決定ができるよう、必要な情報を提供すること。そして、その子が意思決定に迷ったとき、その子が決められるまで一緒に考え、悩むこと。

子どもだって、大人が誠実に伝えればきちんと受け止めてくれる。

中3の男子生徒が講演後のアンケートに「自分にパートナーができたときにはセックスの前に話し合いをしようと思う」と書いてくれたんですよ。

日本の大人は、子どもを信用しなさすぎ。彼ら、彼女たちの未来のために、これからも私は性の知識を広めていきたいと思っています。

シオリーヌさん
シオリーヌさん
Eriko Kaji

(取材・文:有馬ゆえ 写真:加治枝里子 編集:笹川かおり

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