サイエンス

精神の病がVR技術で治療できるようになる未来がやってくる

by bialasiewicz

VR技術はエンターテインメントだけでなく医療分野でも活用できると期待されており、過去の研究により下半身不随恐怖症を克服するトレーニングに役立つことが示唆されています。そんなVR技術による精神医療の展望について、アメリカの一般読者向け科学雑誌Scientific Americanがまとめています。

Virtual Reality Might Be the Next Big Thing for Mental Health - Scientific American Blog Network
https://blogs.scientificamerican.com/observations/virtual-reality-might-be-the-next-big-thing-for-mental-health/

How Virtual Reality Is Helping Heal Soldiers With PTSD
https://www.nbcnews.com/mach/innovation/how-virtual-reality-helping-heal-soldiers-ptsd-n733816

Automated virtual reality therapy helps people overcome phobia of heights | Science | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2018/jul/11/automated-virtual-reality-therapy-helps-people-overcome-phobia-of-heights

◆VRによる心理療法の歴史
VR技術を使用して精神の病を治療する試みは古くから行われており、1997年にはジョージア工科大学の研究者によってPTSDに苦しむ退役軍人を対象としたVR治療プログラム「Virtual Vietnam Therapy」が実施されています。以下の画像のうち、左の画像はVirtual Vietnam TherapyのVR画面で、右の画像はVirtual Vietnam Therapyを使用している様子です。


Virtual Vietnam Therapyは当時から効果が認められており、VRでベトナム戦争を追体験した退役軍人のPTSD患者10名全員が改善傾向を示したとのこと。また、同様にアメリカ同時多発テロ事件(9.11)の生存者を対象にVRでの治療を実施したところ、うつ病の症状は83%、PTSDの症状に至っては90%も低減させることができたとの研究結果もあります。

より新しい事例では、「バーチャル・イラク」によるVR療法がイラク戦争によりPTSDを患った2000人の兵士を救ったという報告もあります。

VRを用いた精神医療では、暴露療法という治療法がとられています。暴露療法とは、患者を恐怖心を抱いている対象などに向き合わせる行動療法の一種で、PTSDのみならず不安障害特定の恐怖症などの治療に用いられている手法です。

by Pexels

例えば、高所恐怖症の患者が医師の指導の下で高い建物にのぼるように、一般的な暴露療法では十分に安全が確保された管理下で患者を恐怖や苦痛の対象に直面させます。一方で、VRを用いた暴露療法なら安全な室内でVR機器を使用するだけなので、現実世界での治療よりはるかに低コストかつ安全に暴露療法実施することが可能です。

さらに、VRならではのメリットもあります。ケベック大学で臨床サイバー心理学の研究委員長を務めるステファン・ブシャール教授は、「研究の一環として、高所恐怖症の患者にVR空間で崖から飛び降りてもらいました」と語り、VR暴露療法は現実世界では不可能な体験もできるという点で優れていると述べています。


VR暴露療法はうつ病を併発しているPTSD患者に対して特に効果が高いことでも知られています。南カリフォルニア大学のクリエイティブ・テクノロジー研究所で医療用バーチャルリアリティの責任者を務めるアルバート・スキップ・リッツォ氏は、「うつ病の患者はトラウマとなった体験に接触する機会が少ないため、症状が固定化してしまうおそれがあります。一方VRなら、戦争体験といった再現が困難な事柄も再現することができるので、患者がトラウマと向き合う助けとなります」と話しています。

◆VR療法の展望
2019年現在では、VRはヘッドセットを介して視覚や聴覚で仮想空間を体験するものがほとんどですが、将来的には嗅覚触覚も再現するVR技術が登場することで、より効果的な暴露療法を実施することができると期待されています。

by Eugene Capon

また、VR技術は治療だけでなく、検査や診断にも効果を発揮することが見込まれています。VRを使用するとすべての被験者に同じ体験させつつ、客観的なフィードバックを得ることが可能なため、ADHDや自閉症といった発達障害や統合失調症の診断に役立ちます。

ほかにも、ケンブリッジ大学とロンドン大学の研究チームは、VRを使用したアルツハイマー病の検査により、従来の検査方法よりも高い精度でアルツハイマー病を発見することに成功しています。これは、アルツハイマー病が記憶障害だけでなく視空間認知障害も併発することに着目したもので、従来の筆記テストが79%の精度だったのに対し、VRで再現した3D空間での移動テストでは93%もの精度で初期段階のアルツハイマー病患者を特定することができたとのこと。

by Pexels

VRとAIを組み合わせる方法も模索されています。オックスフォード大学の臨床心理学教授であるダニエル・フリーマン氏が行った実験では、バーチャルセラピストによる高所恐怖症治療プログラムを受けた49名の被験者全員が、自己診断アンケートに対して平均68%も症状が和らいだと回答しています。AIはVR機器やスマートフォン向けのアプリとして配信することが可能なため、実際の心療内科に通って精神科医の治療を受けるよりもはるかに安価で、患者にとってもハードルが低いという利点があります。

しかし、AIを使用した自己セラピーには危険も伴うとの意見もあります。スキップ・リッツォ氏は、「現実の精神科医なら、患者の様子を見てテストをストップすることが可能ですが、AIには難しいでしょう」と述べています。その一方で「それでも、近いうちに心理学分野は『精神科医は一体いつまでAIやバーチャルセラピストに勝っていられるだろう?』という話題でもちきりになることでしょう」と語り、VRやAIが普及することで精神障害の治療がより進化するとの意見を述べました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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